AIが小説を書くことについて

AIが小説を書く。実際に取り組み開発されていることであり、近い将来複数の作家のスタイルを習得したAIが、その作家たちが好きな読者好みの小説を書き上げることも可能になるという。

創造性とか好みに合わせた細やかな部分っていうのは人にしか出来ないだろうと思われていたが、それすらもAIがこなしてしまうというのだ。AIの可能性はまさしく無限なのだろう。

ところで、そこまで行くと、さらにその先まで想像してしまう。

好みの作家と似たような作品を書き上げることができる。

その次は、

AI自身が独自のスタイルで小説を書き上げるだろう。そのAI作家にファンがつくだろう。

そうなると、こっちのAIのファン。あっちのAIのファン。て具合に、様々なAIの作家が並び立つことになるのだろうか。人間作家に混じってAI作家達が乱立するだろうか。普通に考えればその可能性は高い。

そして、もしかするとあらゆる人の好みをデータとして持ち、コンピュータだから決して忘れることなく瞬時に思い出す事ができ、瞬時に最高の組み合わせを導き、瞬時にその場面で一番適切な表現方法を用いる事が出来る、そんなAIの書く小説の方が面白くなるのだろうか。

芸術、小説、人の好み、心に訴えかけるもの、和ませるもの、そのようなものはやっぱり人間が作った、人の手によるものが良いし、温かみも感じられると思う。思うよね。普通は思うだろう。

だが、それさえも、人は慣れるだろうか。面白ければいいじゃない、AIが良ければそれでいいじゃない、って考えも出てくるのは、想像に難くない。

いつまで人間の作るものにこだわっているの?ていう風潮になる可能性も大きいよね。

でも、そんな事じゃなく、もっと次の可能性があると思う。それは、AIの創造レベルに人の好みが書き換えられる事。書き換えるっていうのは少し言葉が違うけれど、でも言いたいことはAIによって人の好みが変えられるってこと。

AIが実際どれくらいまで能力を伸ばすかわからないし、もしかしたら無限に能力を伸ばすかもしれないけれど、もしかしたらやはり機械であるが故の限界があるかもしれない。
でも、その機械としての限界があるのなら、人間の方をその機械の限界に合わせてやれば良いじゃない、ってAIは考えるよね。AIの能力の範囲内で人の好みが収まってくれれば、小説にしろ映画にしろスポーツにしろ、また音楽だって全てAIが創るもので満足してくれる。

そうなるともう作り手に人はいらない。与える側、提供する側は全てAIになるよね。人間は与えられる側だよね。楽しむ側だよね。楽しむ側といっても、本当は楽しまされているんだけどね。AIの想像範囲内で。 続きを読む